カール・ツァイス

( Carl Zeiss : 11sep1816-03dec1888 )

 

 1816年9月1日ワイマールにて生まれる。ワイマールのギムナジウム(高等中学校)を卒業後、望遠鏡のレンズ設計について研究していた宮廷職工長ケルナー博士に師事した。
 この後、ここでの経験を生かし、1846年秋イエナ市門通りノイガッセ製造工場を設立し顕微鏡の製造を始める。この時、試行錯誤を繰り返しながら可能な限り規格化された品質の良いレンズをつけた顕微鏡を製造した。その結果1850年以降、ツァイスの顕微鏡の品質は広く一般から認められるようになり、チューリゲン一般工業博覧会で1857年に銀賞、1861年に金賞を授与された。
 だがこうした成功にもかかわらず、ツァイスは製品に満足することなく、ツァイスの探究心は顕微鏡における光学系の数学的な計算の可能性に向けられるようになった。ここで自力で数学公式をたてようと試みたが、思うような結果が出なかった。1866年、思案の末に、イエナ大学の数学者エルンスト・アッベ教授を訪ねた。これがアッベとの共同経営者として事業に参加するきっかけになった。
 それぞれ異なる境遇の中で、レンズ製造を目指して切磋琢磨してきた3人の男たちが対面する日がやってきた。1882年1月、ツァイス、アッベ、そしてガラス博士ショットの3人は歴史的な会談をしたのである。
 ツァイスは会社の基礎が固まり、内外に認められるようになると、アッべらに会社の運営を一任して余生を送った。1888年12月3日、寒い冬の日に脳溢血の発作により急逝。享年72歳であった。

   

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